先日、熊本県を最大震度7の地震が襲いました。
そのニュースを見たのは、仕事が終わった夕方17時過ぎ。
趣味のランニングでつながった、XのFFさんの中には、九州在住の方もいらっしゃいます。
大丈夫かな。
Xを覗いてみると、FFさんの無事を知らせるポストを発見。
無事でよかった、ご安全に、とコメントすると、「リプをくれる人って無償の愛だ、ありがたい」との返信が。
その時ふと、心配した気持ちに偽りはないけれど、何もできない自分になんとも言えない無力感・もどかしさを感じました。
何か自分にできることはないだろうか。
趣味のランニングのことを時々ポストしているX。
決して速いランナーでも何か役にたつ発信ができるわけでもないけれど、ランナーさんを中心に350人くらいの方とつながることができています。
Xをしていなければつながることのなかった全国の人と交流してきたことで、住んでいる京都から離れた土地のことも、今までより身近に感じることができるようになりました。
ランニングを通じて少し広がった私の世界。
こんな時だからこそ、大好きなランニングで何か役に立てることはないか。
そして思いついたのが、「個人的チャリティーラン」です。
思いついたチャリティーランの内容は、
月間走行距離×〇円を被災地に寄付する
というもの。
7月の月間走行距離は地震が起きた7月28日時点で155kmほどでした。
できれば一度きりにしたくないと思い、自分にできる範囲を考えて、7月は走行距離×100円、8月・9月は走行距離×10円を寄付することにしました。
今回の地震の被害に対して、寄付をしようと思ったのには、もう一つ別の理由もあります。
1995年の阪神淡路大震災の時、私は中学生でした。
自分自身は京都に住んでいたので、建物の倒壊などの被害は受けませんでしたが、神戸の叔父叔母宅、西宮の祖父母宅は全壊・半壊の被害に遭い、家はすべて取り壊して建て直し。
仮住まいが見つかるまでの間、祖父母が我が家に避難してくるなどの経験をしました。
祖父母宅は長期休暇にはよく泊まりに行っていました。
私が寝ていたベッドの傍には大きな本棚があり、もし震災当日に私が泊まっていたら、倒壊した本棚の下敷きになって死んでいたかもしれない、と言われたことは忘れられません。
当時は子どもだったのであまりよく分かっていなかったと思いますが、多くの人が祖父母たちを支え助けるために力を貸してくださったことと思います。
大人になった今、「小さくても自分にできる一歩を」と思い、今回のチャリティーランを実施することにしました。
「寄付なんて黙ってするもの」「アピールするなんてみっともない」と非難されることも考えましたが、勇気を出してXで発信してみたら、「何もできない、じゃないんだと気づかされた」「ランナーとして素敵な取り組み」などの温かいコメントを多数いただきました。
また、想いに賛同してくださった方が同じように走行距離に合わせた寄付をしてくださったり、応援ランを企画して参加人数に応じた寄付を表明してくださったり。
一人ひとりの力は小さくても、集まれば大きな力になる。
そんなことを今さらながら「実感」として感じ、発信したことも間違いではなかったと思いました。
私にとってランニングの時間は、仕事のストレスから解放され、「自分時間」を楽しめる大切なひととき。
その大切で楽しい趣味の時間が、同時にほんの少し誰かの役に立てるとしたら、自己満足かもしれないけれど、それってちょっと嬉しいかも。
そう思って、今月もこれまでよりちょっとモチベーション高く走っています。
大きなことはできなくても、自分の「好き」や「日常」の中に誰かを想う一歩を混ぜてみる。
そんな選択肢が、誰かの心に届いたら嬉しいです。


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